289 posts categorized "アイドルポップスレビュー"

May 25, 2012

横浜ウィスパー/大井裕子

Yokohamawhisper▼1988年5月25日発売 1stシングル

 はい、私が生で1度も見たことのないアイドルさんの登場です。記録には残らず、記憶に残るアイドルとでも言うのでしょうか、見たことなくてもなぜか記憶には残っている、不思議な子です。声はいわゆるアニメ声、ルックスもまぁまぁだと思いますが、特になんらかのプッシュがあった訳ではなさそうなので、残念ながら1曲でフェードアウトと相成りました。ちなみに曲は「横浜」ですが、本人は千葉県出身だそうです。横浜の歌はこちらにまとまっていました。この曲もちゃんとノミネートされていて一安心w

 プッシュと言えば、カップリングの「JOY OF SHARING」が、かの「世界・食の祭典1988」のテーマソングとなっています。地方博が流行っていた頃で、一見大きな仕事のように見えますが、特にこの博覧会は大失敗の地方博として有名ですので、彼女にスポットが当たることもありませんでした。博覧会が行われた札幌でイベント程度はあったのでしょうが、本当にその程度だったのでしょうね。

#Wikiの「世界・食の祭典」のページには、テーマ曲の歌唱は札幌のシンガーソングライター福沢恵介氏となっています。

 検索していたら、「仮面ライダーBLACK」の第39話「アイドルの毒牙」という回に、大井裕子の名前でアイドルとして出ていること(しかもこの回のメイン)がけっこうたくさん出てきました。私はこの情報は知りませんでしたから、ネット様様ですね。アイドルファン業界には特撮好きの方も多いですから、もしかしたらみなさんご存知だったのかな? その回で彼女が歌っていた大ヒットwシングル「MAゴコロあ・げ・る」(それっぽーい)は、果たしてお皿になっているのでしょうか。「BLACK」のサウンドトラックに入っていたりとか。

#「アイドルの毒牙」の詳しい内容はこちら。「MAゴコロあ・げ・る」の歌詞がこちらに。ありがとうございます。

 週刊歌謡マガジンなつかし〜。ちゃお元気かな。


 目標は松田聖子だって…。言うだけタダですけどねぇ。

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May 20, 2012

ずっと、そばにいて/山崎亜弥子

Zuttosobaniite▼1994年5月20日発売 3rdシングル

 実力派アイドル(という呼び名は本人は不本意でしょうけど)山崎亜弥子嬢の3枚目のシングルです。フジテレビのオーディション番組出身ということで、デビュー時にはフジのプッシュがあった彼女ですが、2枚目から3枚目のリリースまでにまで半年あいたように、なかなかうまくいかなかった時期でした。尾木としては工藤静香もいるし、瀬能もCoCoから1人立ちした時期でしたので、彼女には不運なタイミングだったとしか言いようがないですね。っていうか何で尾木だったんだって話ですよね(笑)。以前にも同じようなことを書いていました。

 もともとアーチスト志向があった(と思われる)彼女ですが、この曲とカップリング「笑顔でいこう!」では初めて作詞をしています。職業作家ではない彼女なりのストレートなタイトルだし、リリックも技巧に走らず、飾らない素直な言葉遣いだと思います。ちなみにタイトルは「ずっと」が1つだけなのに対し、歌詞は「ずっとずっとそばにいて」と2回重ねています。もしかしたら曲を付けてみて、重ねた方がいいとなって重ねたとかいう手直しはあったかもしれませんね。そして何回か出てくる「風」という言葉にぴったりの音楽が心地よいです。ともすると重くなりがちな女の子の一方的な想いが、「風」というキーワードと曲で緩和されているような気がします。

 カップリングはタイトルからも想像できるように元気なナンバーです。やわらかなパンチとでも言いましょうか、押し付けがましくないボーカルが耳をくすぐります。もしかしたらこちらの方をタイトル曲にした方がよかったかも? いや、時代はそこまで寛容ではなかったかな(爆)。聴く機会があればこちらもぜひ。

 かわいいかかわいくないかと言えばかわいいわけで、好みか好みじゃないかと言えば好みな訳ですがwww、きっとかわいく歳を取っているんじゃないかと思います(願望)。

 これ、うちに映像があるはずなんですけど、発見できませんでした。たぶんテレ東系のなんかの番組だったと思うんですけどねー。この頃は札幌在住だったからテレビ北海道か。

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May 04, 2012

Sugar Baby Love/Wink

Sugarbabylove▼1988年4月27日発売 1stシングル

 Winkのレビュー(これこれ)を書くたびに「デビュー当時は全然人気がなかった」と書いてましたが、そのデビュー曲がこれです。私は洋楽は全く聴かないので、カヴァーと言っても元歌を知らない訳ですから、この曲もWinkの曲として認識しています。元のRubettesの曲は1974年1月発売だそうですから、私はまだ3歳でした。

 当時のイベントは人が集まらなかったというエピソードがあるそうですが、私が初めて2人を見たのはおそらく渋谷公会堂でおこなわれたコンサート「Especially For You 1」だと思います。もう押しも押されぬアイドル?になった後ですね(レコ大曲「淋しい熱帯魚」の発売後です)。なんと?家にパンフレットがありましたw それに挟んでいたメモによると公演日は89年8月30日、アンコールまで含めて20曲を歌っています。アルバム『Especislly For You』の曲が中心で、「Sugar〜」は6曲目に歌われていました。パンフレットには明治のチョコ「TRAD」の広告も載っており、ああ、浪人時代(この年)よく食べてたなぁと思い出されます。確かその包み紙を応募すると抽選でライブ招待だったはずですが、それがこの渋公の前か後かは忘れちゃいました。というか、そのことがネット上探してみてもどこにも書いてないんですよ(涙)。誰か覚えてません?

 当時全然人気がなかったと書きましたが、なんとシングル1枚発売しただけで7月にアルバムを出しています(『Moonlight Serenade』)。当時高校3年生だった私は、 Winkに関してはデビュー曲が南野陽子主演ドラマ「熱っぽいの!」の主題歌だというくらいの認識で、お皿も買ってなかったんですよ(シングルもアルバムも後からレンタル流れとかで買い集めました)。特に上記のアルバムは意外とw明るめのさわやかな曲が多くて、人気が出た後のイメージとはかなり違います。強いて言えば「涙をみせないで」的な感じです。アイドルとしては売れなかったかもしれませんが、Winkがアイドルしていたのはこの88年だけなのかもしれません。

 「音楽派together」という番組(ザ・ベストテンの後番組)に出た時に歌っていた映像がうちにありましたが、ネット上には存在せず。こちらはPVでしょうか。これはこれで貴重ですね。

 やはり元祖のRubettesも貼っておかないと。

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#本当は4月に上げるつもりでしたが、ずれ込んでしまいました。4月は「S」から始まる横文字のタイトルを集めてみました。

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April 28, 2012

SIX COLORS BOY/雛形あきこ

Sixcolorsboy▼1996年4月24日発売 4thシングル

 こないだ「藤子・F・不二雄ミュージアム」に娘と行ってきました。日常の中に非日常を描いた「ドラえもん」はやはり不朽の名作だと思いましたが、それと同時に本当に非日常の世界に飛び出してしまう映画版には違和感を感じてしまいました。やはりあのひみつ道具は、土管のある空き地で使ってこその面白みがあるような気がしました。それと同じことが「クレヨンしんちゃん」にも言えそうです。あれも映画になると急に壮大になりますよね。

 そんな「しんちゃん」の映画版の主題歌になっているのがこの曲で、雛形あきこ嬢本人も声優として出演しています。曲はご存知のようにデビューからずっと浅倉大介氏のプロデュースで、一貫して同じようなメロディーが徹底されています。うちの相方とたまたま彼女の出演していたイベントに出くわした時(「DESTINATION」を歌っていたかなぁ)、彼女自身も「同じような曲で…」みたいなことを言っていたことを私はよく覚えていて、あ、本人も感じているんだなと思いましたね(これだけ徹底した浅倉サウンドなら仕方ないですね)。

 グラビアで名を馳せた彼女ですが、CDの売り上げは大したことなく、6枚のシングルと2枚のアルバムで終了したのは賢明だったかと思います。その後女優中心の活動となりましたが、水戸黄門にまで進出したのはびっくりでした。

 野田社長の事務所騒動の時にも、雛形はどっちにつくんだ的な感じで注目されましたが、野田社長側に行ったんですよね。ところで現在のサンズにははるな愛とかいるんですね。知りませんでした。あと懐かしい名前は工藤あさぎ。彼女のブログによると、AceFileが解散して4月7日でちょうど10年だったそうです。「日本真白化計画」でしたっけ。1回も見たことありませんが、CDは持ってますので懐かしいですね。最後は雛形嬢とは関係ない話になってしまいました(爆)。

 やはり動画はなかったか…。というわけで曲のみで浅倉節をお楽しみ下さいw

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April 11, 2012

Strawberry Time/松田聖子

Strawberrytime▼1987年4月22日発売 23rdシングル

 松田聖子さんが娘の沙也加嬢を生んでから初のシングルです。この曲も四半世紀前ですか。沙也加嬢もいい大人になる訳ですね(笑)。当時おニャン子一色だった私にとっても、産休から復帰した直後のオリコンやザ・ベストテンでの1位はまぁ仕方がないな(失礼)と思わせるほど、ブランクを感じさせない存在感でした。ちなみにオリコンに関しては「Strawberry~」の3週連続1位を阻んだのは「時の河を越えて」(うしろ髪)でしたが、その翌週は「Strawberry~」が1位を奪還してます(「時の河~」は2位)。

 産休前は尾崎亜美さんの作品を歌うなど、ニューミュージック系の方の作品を歌っていましたが、明けのこの曲はレベッカの土橋安騎夫氏が曲を書いています(編曲は聖子さんと付き合いの長い大村雅朗氏)。そのためか力強い、まさに母の強さを感じさせる曲になっています。そして松本隆氏の詞も、母が子供とともに歩んでいくために永遠に平和な世界を希求する気持ちがストレートに表れていて、母でありながらアグレッシブに松田聖子であり続ける、そんな聖子さんの意思表明とも取れる曲だと思います。

 確かザ・ベストテンで1位を取った時に、番組から着信音がこの曲になっている電話機をプレゼントされたんですよね。プレゼントされたところは見ていないんですが、年末の豪華版の年間ベストテン発表時にそんなコメントがされていました。この電話機の行方が気になるところです。

 2010年9月から土橋安騎夫氏が「The Best Of All Time」と題して、レベッカ時代の曲や他アーチストへの提供曲をリアレンジしてiTunes Music Storeからリリースしていますが、その中にこの曲がありました。iceの国岡真由美さんのボーカルですが、アレンジもボーカルも全く違って、もはや別の曲です。

 テレビ番組での歌唱は残念ながらありませんでした。復帰直後のライブ映像のようですが、貫禄十分です。それにしてもずいぶん無骨な階段ですね(笑)。 

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March 30, 2012

恋をしよう!/菅野美穂

Koiwoshiyou▼1995年3月24日発売 1stシングル

 現在ではハイボールを一生懸命作ってくれるというw桜っ子クラブ出身のカンコちゃんですが、そんなことを言っても一般的には「桜っ子」を知らない人がほとんどでしょうし、しかも「CD出してたんだ」という反応も予想できます。それくらい今ではしっかり女優としての地位を確立しています。あ、もちろんこちらをお読みの方は上記のことは当然ご存知でしょうし、桜っ子のオーディション(西武園のプール)でしゃがみながら早足で歩くとかいう特技?を披露している姿を覚えている方もいらっしゃるでしょうw

 早大歌研の後輩が彼女にかなり入れ込んでいて(笑)、93年に2回ミニコミで取材しています。NHKの「ファイト!」という番組のアイドルプロモーション対決なんてもので後輩が晒されたなんてこともありました(相手は水野あおい嬢をプロモートする東大歌謡曲研究会)。ミニコミ取材のうち1回は彼女とボウリングをするという企画(ありがち…)で、今となっては考えられないほど身近、つまり「知る人ぞ知るアイドル」だったんですね。それがNHKの朝ドラ「走らんか!」、そしてテレ朝のドラマ「イグアナの娘」で女優として注目されて、世間にも認知される存在になっていき、それと平行してこのデビュー曲「恋をしよう!」がリリースされました。

 この頃は私は札幌在住でしたが、デビューイベントで彼女が札幌に来たので見に行っています(95.3.26 J-BOXホール)。しかし口パクで…。このイベントについて私は「裏時計」(ってなんですかw)のイベントレポにこう記しています。

『基本的には彼女はビジュアルやトークで生きていく芸風だと思っているので、今回のデビューにはいささか懐疑的だったのだが、このイベントではっきりした。彼女にとっても歌は2次的、いや3次的なものなのだろう。』

 ずいぶんえらそうに書いてますが(爆)、要はがっかりしたということですね。口パクだったというのは、たぶん歌がヘタなんでしょう…。演技と書いていないのは、私がドラマの類を殆ど見ないからです。その後シングル4枚、アルバム1枚、そしてドラマの「蓮井朱夏」名義でシングル1枚をリリースしていますが、歌にさっさと見切りをつけたのは正解でしょう。

 ちなみにカップリングの「ドッカン〜人生最大の衝撃」の方が、当時の彼女のキャラクターを感じ取れます。

 検閲が厳しいのか、当時殆どテレビで歌ってないのか…(少なくともうちのライブラリーにはありませんでしたが、東京ローカルとかでもなかったのかな)。音だけです。

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March 22, 2012

4月のせいかもしれない/佐野量子

Shigatsunoseikamoshirenai▼1987年3月21日発売 7thシングル

 この時期と言えばまだおニャン子がバリバリ活動していた時期ですが、秋元氏&後藤氏は平行して数々のアイドルの仕事をしています。この曲もそんな仕事の中の1曲です。特に秋元氏は、彼女のデビュー曲「ファースト・レター」から多くの詞を彼女に提供しています。そんな詞の内容は「奥手」「別れ」「悲しみ」ばかり。「別れ」の極みは「雨のカテドラル」でしょうね。だって、彼が死んでしまうんですから。話がずれましたが、秋元氏はおニャン子の曲ではなかなか書けない世界を、佐野量子という薄幸の少女の代表?に歌わせたかったのかもしれませんね。

 そして「4月のせいかもしれない」という推量のやわらかさを込めたタイトルをAKB48の「言い訳Maybe」で英単語にして逆輸入し(歌詞には「好きなのかもしれない」と出てきます)、乃木坂46の「会いたかったかもしれない」でAKBをオマージュしつつ、実は「4月の〜」をオマージュしていた秋元氏、さすがです。昔の仕事を忘れていないところに好感が持てますねw

#いや、考え過ぎでしょ(爆)。

 よくこのブログで「代表曲」の話題が出ますけど、量子さんの代表曲と言われるとかなり悩みます。Wikiによると売り上げがいちばん多かったのはこの「4月の〜」らしいのですが、正直「そうだったんだ」という印象で、素人の私から見たら「tomorrow」が一番だったのかなと漠然と思っていました。みなさんはどう思われますか?(と振ってお茶を濁してみるw)

 アッキー&ゴッキーのコンビでの量子さんのシングル曲はこの曲だけですが、発売された時期が時期だけに、目を瞑って聴いてみると、ほーら、その子さんの曲みたいでしょ(爆)。まさか使い回しということはないと思いますが、そんなことを考えながら聴いてみると、またアイドルポップスの奥深さに気づくはずです(ウソ)。

 NHKの画像がありました。「ヤングスタジオ101」かな。

 目をめっちゃうるうるさせて見つめられます。ご注意を(何に?)。

#「tomorrow」のレビューの時に続いて、敬意を表して「おれんじ☆てぃー」のサイトにリンクをさせていただきます。

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March 12, 2012

青いスタスィオン/河合その子

Aoistation▼1986年3月21日発売 3rdシングル

 その子さんの3枚目のシングルですが、本体、メンバー含めておニャン子活動時期(85年4月〜87年8月)内の最高売り上げを記録したという意味では、この頃がおニャン子ブームのMAXだったと言えるでしょう。いちばん熱かった、高揚していた時期だったと思います。かくいう私もちょうど高校生になる時でしたので、受験番号を会員番号で覚えたり(苦笑)、入学後はおニャン子をきっかけに友人を作ったものです。ちなみに今でも付き合いのある友人は城之内ファンとゆうゆファンですwww

 「思い出着替えて」→「風のチェルシー」→「青いスタスィオン」のエピソードとかはみなさんご存知だと思うので省略(笑)。でもPVの撮影場所が可部線の今井田駅だったというのは知りませんでした。覚えてなかっただけかな…。今は廃止されてしまいましたが、知ってたら絶対行ってたなぁ。因美線の三浦駅とか宇野線の妹尾駅なんかに行っている場合じゃなかったですね(爆)。

#CoCoのメンバーの名前の駅を回るという酔狂なことをしたことがあるという…。瀬能駅だけなくて、妹尾駅と能瀬駅(七尾線)に行くことで済ませました。

 フレンチポップスを目指し始めたその子さんの曲で山間の駅にディーゼル車というのは「うーん」って感じですけど、何でこの駅が選ばれたのか疑問です。「無人駅」(岩佐美咲)のMVが奥阿仁駅(秋田内陸縦貫鉄道)で撮影されたのは合点が行くんですけどね。どうせならフランスまで行って撮影すればよかったのに。

#ちなみに奥阿仁駅は本当に無人駅ですw

 そのPVが夕ニャンで流れた時の映像がありました。最初なんでPVなのに手拍子が入っているんだろうと思いましたが、最後に夕ニャンのロゴが出たので、ああなるほど、と。個人的には最初と最後に出るタイトルがなぜ古印体なのかが気になります(笑)。

 B面の「さよならは言わないで」はwithおニャン子クラブとなっていて、完全な彼女の卒業ソングになっています。その子さんが「さよならは言わないで」と歌っているのに、曲の最後に在校生が「さよなら〜」って言っちゃうんですよねw

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February 27, 2012

20歳/内海和子

Hatachi▼1987年2月25日発売 2ndシングル

 「蒼いメモリーズ」のレビューを書いたのが約5年前、彼女の歌手デビュー20周年の時でしたが、今年はおニャン子解散25周年を迎える年ですので、節目節目で彼女の曲を採り上げていることになります。なんてったって実質上夕ニャンの第1回から出ていますし、「セーラー服」のフロントですからね(笑)。

 彼女のよさはずばり歌声でしょう。シングル曲はマイナー調が多いですがそれもまたよし、アルバム『LUNCH TIME』(同年3月21日発売)のオープニングナンバー「手のひらの翼」のようなアップテンポでも映える歌声です。シングル曲がなぜマイナー調で攻めたのかわかりませんが、アイドル性の高い曲は若い者wに任せて、歌唱力の高い彼女にはより情感が出せる曲を歌わせたのかもしれません。

 曲のタイトル通り、発売直前の2月16日に20歳になった内海さん、卒業記念シングルでもあります。秋元氏は20歳を過ぎたら恋愛も変わるんだよ、本当の別れというものがわかるんだよという詞を書いていますが、さて、今彼がかかわっているAKB界隈でこの曲を歌うにふさわしいメンバーはいるでしょうか。や、別に比較する訳じゃないんですけど、たまたま先月AKBの成人式が大きく報道されたので。でもやっぱり全体的に子どもっぽい印象がありますね。

※ちなみにこの20人…板野友美、大家志津香、河西智美、柏木由紀、北原里英、小林香菜、鈴木まりや、高城亜樹、高橋みなみ、仲川遥香、仲谷明香、野中美郷、前田敦子、増田有華、米沢留美(以上AKB)桑原みずき、須田亜香里、高柳明音、平松可奈子、松井玲奈(以上SKE)

 B面の「桜が手を振る前に」(お、タイトルがAKB2月恒例の桜ソングだw)には富川、永田、岩井、白石という後期の主力メンバーが「withおニャン子クラブ」として参加しています。動画が見つかりませんでしたが、夕ニャンとかで歌ったかなぁ。記憶がないんですけど…。

 YouTubeにはなぜかなくて、ニコニコにしかありませんでした。とりあえず客がうるさいですね(笑)。

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February 15, 2012

微熱かナ/伊藤麻衣子

Binetsukana▼1983年2月25日発売 1stシングル

 不作の83年組のと言われてしまっている彼女のアイドル時代ですが、私はそれなりに「中1コース」に載っているアイドルは知っていて、友人にカセットを借りたりしていました(半年前にも書きました)ので、別に不作なんて思っていませんでした。しかも彼女は私の好きなタヌキ系だし(爆)、興味がない訳ないじゃないですか。そしてそんなかわいいかわいい麻衣子さんが翌年には「不良少女」ですよ。あまりにもショックで、その後にリリースされた曲は全然覚えていないという(謎)。いや、たぶんそんな理由じゃないとは思いますが、本人も女優をやりたかったそうですので、アイドル歌手としては本人も力が入らなかったのではないでしょうか。

Binetsukana2 かわいいかわいいと言いましたが、ジャケ写はコワイです(苦笑)。曲自体は確かに切ない卒業ソングですが、「1億人のクラスメイト」(デビュー時のキャッチコピー)ですから、にこやかに笑って卒業してそれぞれの新しい道を歩き始める体でもよかったんじゃないかと思います。ジャケットが簡単なブックレットみたいになっているんですが、その写真がまぁかわいいんですよ。ジャケ写の見開きなので、うちのスキャナでは全部入りませんでしたが、この写真見て下さい。ね(笑)。その他ブックレットには高校時代のスナップとか、友人の寄せ書きもあったりして、歌詞にも出てくる「Schooldays」が描かれています。

 この曲が世に出てから来年で30年ということになりますが、卒業というテーマというかシチュエーションはなくなるはずもなく、今年もまた多くの卒業ソングが生まれているわけです。でもこの曲のように「ふり返ればセンチメンタル」とストレートに歌われている曲は最近ないような。時代なんでしょうかね。ちなみに「修学旅行の記念写真 私の隣りで あの人が微笑ってる」とありますが、彼女自身は中高女子校です(笑)。

 いまだにご活躍中のまい子さん。うちの相方と同い年なんですよね(笑)。3年前に結婚なさいましたが、ダンナは年下とか。うちと一緒です。

 PVとありますが、見た記憶は全くないですね。「歌う天気予報」とかで流れていたのかな(笑)。

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